福岡地方裁判所 平成8年(わ)1099号 判決 1997年1月14日
本籍
福岡市中央区平尾浄水町六四番地
住居
福岡市南区平和二丁目二三番一八-一〇三号
会社役員
坂田泰司
昭和二五年一〇月一七日生
右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官田村章、弁護人林健一郎(私選)出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金九〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、濵畑康正、黑坂亮太、大神一郎、遠矢純則らと共謀の上、実父坂田嘉久が平成五年二月一四日に死亡したことに基づく被告人及び他の相続人三名の取得財産に係る相続税を免れようと企て、被告人らの相続税の実際課税価格が五億三八〇〇万二〇〇〇円で、これに対する相続税額は九九九四万六七〇〇円であるにもかかわらず、取得財産のうち一億一〇〇〇万円余りの預金等を除外し、被相続人坂田嘉久が奥薗道明から借入金二億五〇〇〇万円の債務を負担していたと仮装するなどした上、同年九月二八日、福岡市中央区天神四丁目八番二八号所在の福岡税務署において、同税務署長に対し、被告人らの相続税の課税価格が二億一一七五万四〇〇〇円で、これに対する相続税額は一一九九万四四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(ただし、同申告書上は、右課税価格を二億一一七五万六〇〇〇円と誤記)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、右申告税額と正規の相続税額との差額八七九五万二三〇〇円を免れたものである。
(証拠の目標)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する各供述調書謄本(乙一ないし七)
一 黑坂亮太(甲二ないし五)、大神一郎(甲六ないし八)、遠矢純則(甲九ないし一二)、高原博喜(甲一三ないし一六)、朝木正生(甲一七ないし一九)、奥薗道明(甲二〇、二一)、東郷瑛子(甲二二)、坂田美智子(甲二三)、坂田佳紀(甲二四、三〇)、東郷幸治(甲二八、二九)、石津三百子(甲三一)、畠山隆(甲三二)の検察官に対する各供述調書謄本
一 報告書謄本(甲一)
一 捜査報告書謄本(甲三三)
(法令の適用)
罰条
平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条、相続税法六八条一項、二項
刑種の選択
併科刑を選択
労役場留置
改正前の刑法一八条
刑の執行猶予(懲役刑につき)
改正前の刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人が、相続税の節税を考えていたところ、知人の税理士から同和団体の関係者らを紹介され、他の相続人とも相談の上、同和団体の関係者に相続税の不正申告手続を依頼し、八七〇〇万円余りの相続税を脱税したという事案である。その動機は、相続財産に占める預貯金の割合が想像していたより少なかったことなどから、分割する預貯金をたくさん残したいなどというもので、特に酌むべき点は認められない。ほ脱率は、約八八パーセントと高率に上っている上、その態様は、預金等を除外した上、被相続人が、同和関係者のグループの者から、多額の債務を負っていたように装い、予想される税務調査に対しては、同和関係者による申告であることを誇示して、調査自体させないように圧力をかけたもので、悪質である。更に、犯行後の事情としても、脱税の事実が発覚しそうになるや、架空債務が真実のものであるかのように装うために証拠書類を捏造したり、架空債権者に被相続人の特徴を教えるなどの種々の工作を行い、除外した預金等についてのみ修正申告するなど、芳しくない。加えて、脱税行為は、申告納税制度を採用している我が国の税制の根幹を揺るがしかねないもので、強い非難に値する行為であることをも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。
しかしながら、被告人は、税務署に申告する前に脱税の仕組みについて細部までは知らされていなかったことが窺われ、脱税請負グループの手数料稼ぎに利用された側面も認められること、被告人は本件を反省し、今後は税金を正しく申告し納税したいと述べていること、本件についても修正申告を行い、納付の方法について税務当局と交渉中であること、被告人にはこれまで見るべき前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらを総合考慮すると、今回は懲役刑については刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり刑の量定をした。
(求刑 懲役一年二月及び罰金一〇〇〇万円)
(裁判官 鈴木浩美)